KAGUWA
用途:物販・Tea Salon
敷地:東京都新宿区神楽坂6丁目21 NEO神楽坂1階
竣工:2025.09
施工:DAYs(山崎大輔)
照明計画:ModuleX
造作家具:秋友家具製作室
協働:アトリエソルト
写真:臼井淳一
KAGUWAは、「香りを設計する建築」として構想した。
ここでいう香りとは、空間に付加する演出ではない。茶葉が発酵の時間を経て、その内側から複雑な香りを立ち上げるように、素材と光が時間のなかで作用し合い、感覚に届く気配を生み出すことを意図した。目に見える象徴によって意味を説明するのではなく、知覚の層を静かに重ねることで体験をつくる。それがこの場所の起点である。
場所は東京・神楽坂。高密度な街並みのなかにありながら、この街の奥に潜む凛とした静けさに呼応するよう、空間の中心に「余白」を据えた。象徴的な造形や過剰な情報を避け、素材と光が低い声で語りかける環境を目指した。
新築商業施設の均質なフレームに対し、内部には素材と手仕事による微細な揺らぎを重ねた。壁と天井を覆う、白土を含んだ砂漆喰には左官の手の軌跡が残り、光を柔らかく受け止めながら、繊細な明暗と奥行きを生み出す。
床に敷き詰めた小さな釉薬タイルは、一枚ごとのわずかな表情の差によって、歩みに伴い光を揺らす。サワグルミをはじめとする無垢材の造作家具は、木目や節を活かし、触れたときの温度と、使い込まれるほどに深まる質感を空間に定着させた。一方、線状に配したアルミのバイブレーション仕上げは、柔らかな素材のなかに細い輪郭を与え、静けさのなかにわずかな緊張感をつくる。
ここで素材は、完成した時点で表情が固定される装飾ではなく、光や人の手、時間を受け入れながら変化していく存在として扱った。その変化の積み重なりが、空間に固有の深度を与えていく。
自然光が届きにくい条件に対しては、対象を直接照らすのではなく、壁や天井の素材に光を「受けとめさせる」計画とした。間接照明を主体に柔らかく反射させ、光源そのものではなく、砂漆喰や木、タイルの表面に滲む光を見せている。光は空間を劇的に演出するための効果ではなく、素材の表情を引き出し、全体の明度と気配を整えるための要素である。
ここでは、感覚を強く刺激するのではなく、訪れる人の感覚を少しずつほどいていくことを意図した。茶葉の香り、歩みに伴うかすかな音、器を手にしたときの触感。それぞれを単独で際立たせるのではなく、互いに静かに呼応させることで、味わう前から心の速度が緩やかに変わっていく環境を目指した。
香りという輪郭を持たない現象を、直接的な形へ置き換えるのではなく、素材、光、時間、そして身体との関係として編み直す。その試みの先に現れたのは、象徴的な造形ではなく、素材そのものが生み出す静けさである。
KAGUWAは、神楽坂の気配を受けとめながら、過度に語ることなく、訪れる人の感覚のなかにゆっくりと立ち上がる場を目指した。